昨日は朝一番で名古屋入り。1日コンクールの撮影でした。
台風が心配だったので早めに入って、その後はずっと舞台とにらめっこ。
たくさんのバレリーナの卵に向き合って、ひたすらシャッターを切り続けて
台風のこともすっかり忘れて「目の前のことに夢中」になっていました。
途中、「あ!バレリーナ!」と。ドキッとするような踊りをする子供たちに出会って
スイと心を持っていかれるような、魅力的な子供たちを発見しました。

撮影を終えてロビーに出ると結構ざわざわとしていて、そこで気づいた「台風接近!」
何事も「なんとかなるだろう」といつものんびりしているところと
たまに出現する悪いところ「小さな人見知り」。
ほとんど人見知りはしないのだけど、疲れていたり、大体撮影の後。
集中力がぷっつりと切れたその後の出来事。
言葉がスムーズに出なかったり、思考がうまく回らなかったり。
あるいはずいぶんと「余韻」に浸ってしまって現実に戻りたくない時、とか。
そういう冷静でない自分の時に「小さな人見知り」がでてしまうのです。
昨日も撮影後にホテル近くまで送ってくれる、というのをその「小さな人見知り」のおかげでお断りしてしまって大変申し訳ないことをしてしまいました。
結局、駅までの徒歩3分、最寄りの駅からホテルまでの徒歩3分。
普通であればなんてことない距離のところを、強風と大雨の中、とても怖い思いをしながら必死で歩いて。
あまりの強風で歩いていたら止まれなくなってしまい、通りがかりの男性に止めてもらってコンビニに連れて行ってもらったくらい、立っていることもできない風。
しかし疲労と眠たいのとで、一刻も早くホテルに行きたくて、レッスンで鍛えた足腰を踏ん張って、ホテルへ猛ダッシュ。フロントの方もちょっと苦笑い。
部屋の鍵もうまく開けられないくらいのクタクタと安堵でした。

ベットに横になると、もうどうにも体が動かなくて、頭の中でだけ「小さな人見知り」についてとか、難しかった「オーロラ姫2幕のヴァリエーション」のこととか。
「自宅は台風は大丈夫だろうか」とか。「魅力的なバレリーナ」のこととか。
「余韻」と「余計」なことを考えてて2時間くらい、くさくさくさくさ、しました。
翌日に引っ張らないように、お風呂で温まったりコーヒーを飲んだりストレッチをしたり。くさくさを引きずらないように。「長い1日が終わる。。」

翌朝は早起き。外は晴天。
大阪まで足を伸ばして父のお墓参りへ。
1年に1度、父に会いに行き無心でお墓掃除をするのがこの時期。
名古屋から新大阪へ。
「秋なのに空が低い」と思って1枚。最近マイブームの「写メ」
新幹線の中から写真を撮るなんてすごい!

 

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「台風一過」ってよくできた言葉だなあ、なんてつぶやきながら
ひたすらお墓にしゃがんで雑草を抜き続ける。
父が下にいるだからそこにしゃがんではいけないのだろうが、ずいぶんと長い時間
座って、抜き始めてやめられなくなってしまった
「隣のお墓から侵入してきた芝」までやり始めてしまったので終わらない。
台風後の暑さと冷たい紅茶と、本当に清々しい。
言い方がおかしいけれど、お墓まいりはとても好き。
「また来年ね!」と声をかけ、さよならしました。

さて次は♪
京都に出て、先輩カメラマンさんと待ち合わせ。
京都駅に到着して、始めてご一緒した京都劇場の隣?の劇場を思い出しました。
そうだったそうだった、懐かしい、と。
京都駅の上の方。空に近いくらいの(ようなイメージね)本当に気持ちのよいカフェで
ケーキセットをご一緒しました。
「小さな人見知りでくさくさしてたのよ、本当に会えてよかった」と。
こういう時に、こうやって話ができる人がいることに本当に感謝があふれる。
「人見知りいいじゃない」と気楽にさせてくれることが本当にありがたいと。
気持ちのいい午後。とてもいい時間をいただきました。
昨日の台風とくさくさは現実のことだったのかしら、と思うくらい。

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長い長いエスカレータから見えた「京都タワー」。
もはや、コンクールで撮影し続けたことも雑草を抜きまくったことも。
ずいぶんと遠い話になってしまったような。
2日間一体どうしていたのかも忘れてしまったくらいの気持ち良さ。
(カメラマンとは思えないほど簡単すぎる写メ。)

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今度は「大きな名残惜しさ」をエイ!としまって、新幹線に乗りました。

京都駅で買った本の中に一つ。

『感動は心の栄養です。
心の栄養は、自分自身を育てるために欠かせないものです。
澄みわたった空を見て、その美しさにしばし見とれる人と、「晴れてよかった」と再びうつむく人。心にもし成長のバロメーターがあり、それが見えるとしたら、その数値を上げていくのは、「いかに感動したか」ではないでしょうか?』

たぶん、昨日のくさくさを引きずっていたら、この京都タワーは流れて過ぎてしまったと思うのです。
こういう時に、人と一緒に居られること、時間を過ごせることを、無条件にありがたいと思うのです。助けられてるなあ、とジーンときてしまうのです。

だからね。
やっぱり「小さな人見知り」はちょっとづつ改善していきたいなあ。と思うのです。