なんとも大きなことを書きそうなタイトルをつけてしまったのですが
ただ、先週の撮影にとても苦労をしたのでその「理由」を探しておかないと、来年また同じ苦労をするぞ!という戒めも含めて
残しておこうと思います。

毎年、この時期は新体操の大会を撮影させていただきます。
今年は2日間、体育館にこもって一生懸命に演技をする子供たちをたくさん!お腹いっぱいなくらいに撮影させていただきました。
新体操の撮影は久しぶりで、おそらく「タイミング」とか「フレーミング」とか、バレエの形が身についているので
それを新体操に合わせられるように、練習風景を20分ほど「私も練習」込めて撮影させていただきました。

真っ先に気付いたのは、被写体が小さくなってしまうこと。
フレームに対して、新体操にしてはちょっと被写体の力が小さくなってしまうことに気づきました。
バレエでは、足元に「ポワント」があるのと、後でいい空間にトリミングをすることを前提で撮影しますので
被写体は少し小さめに撮影します。
そのフレーミングに目が慣れてしまっていたため、新体操でも同じような見え方になってしまいました。
これは思い切ってフレームを小さくするか被写体を大きくするか?で解決しますので、しばらく撮りながら「新体操のフレーミング」に
戻れるように、ちょっとだけ気持ちを前気味に撮影します。

次に気付いたこと。
次の動きの予測が100%にできない、ということ。
バレエは振りがほぼ決まっています。オリジナルでもコンテンポラリーでもモダンでも。
その前の足の動き方で、次の動きはだいたい予想ができます。
クラシックでは踊りが頭に入っていることを前提で撮影をしますので
右に行くと思ったら左だった!なんてことはほぼないと思います。
新体操は、舞台上で前面に見せるのではなく。四方のフロアでの演技ですので
後ろ姿もたくさんありますし、真横もあります。
それを1箇所から固定して撮影をする、というのは(今振り返ると驚き!)なんてハードな撮影なんだろう!と改めて思いました。

そして撮りながら気付いたこと。
「知らない曲が多い」という。これは結構大変な問題で、帰りの新幹線に乗りすぐにあれこれと音楽を探したりしました。
「音を知らない」というのは本当に私にとっては大問題で。
バレエも新体操も「リズムに乗って踊っている」のですから、できれば私も一緒に「リズムに乗りたい」のです。
同じ音を聞いて刻んでいけば、ほぼきちんと撮れるはずなのに。大事なその音楽がわからないものが多い。
前に気付いた「次の動きの予測」と少し近いのですが、音楽がわかっていれば少しは次の流れも予測がつくはずです。
次にくる音がわかっていれば、その音に合わせてシャッターをきればいいことなのです。
けれど、曲を知らないと「見えてからシャッターを切る。見えそうになってからフレームを合わせる」という
「予測」の部分が弱くなってしまうので、慌ててしまったりまた、リズム感の無いバタバタとした写真になってしまいます。

最後、もうひとつ気づいたこと。
私の主観ですが、新体操は「ポワント」ではなく「スキンシューズ」(だったかな?)で踊りますので
例えば、バレエでポワントで踊っていたら。
ポワントの先が落ちてしまったりまたは足がインに入ってしまったり。
「写真を省く基準」が新体操よりもはっきりとしているかもしれない、と個人的に感じました。
新体操は、次の動きに行く前の流れも、一つポーズを決めてその後の動きにいく流れの途中も。
表情が素に戻っていない限りは、なんとなく絵になっていたり「ちょっといいかな」と思ってしまうので
圧倒的にシャッター数が多いのと、撮り終えてNGを省く時も「これちょっといいかな」なんて自分の基準で判断をしてしまいます。
(これ、専門の方が読まれて『違う!』と気づいたら教えていただきたいです)


試行錯誤しながら一人勝手に2日間「一人相撲」をとってきたわけです。

喜んでもらえる写真、お客さんが喜んで買ってくださる写真。
そして販売に値する写真。

1曲の曲の流れや動きが見えるように、それを一瞬で作っていかなくてはいけないのですから
それは責任重大。
大好きなコーヒーもチョコレートも前日から断って、臨んだ2日間でした。
(そのままの勢いで、カフェインを摂ることをやめてみました。体調すこぶる良好です^^  チョコレートの代わりは甘納豆と羊羹)

話がずれますが、養老孟司さんのお話によると「猫は絶対音感」だそうです。(動物はほぼみな絶対音感だとか?)

『絶対音感』
記憶によって任意の音の絶対音高を把握し,その音を正しく知覚・再生する能力。(ブリタニカ国際大百科辞典より)

声の高さや質によって「母さん、今怒ってるな」とか「今日は機嫌がいいみたいだな」とか。
音で聞き分けて理解をしているとのこと。

撮影の前日に、養老孟司さんと「まる」のお話をTVで見ていましたので、この「絶対音感」というもので
音の予測がつけられないだろうか? と帰り道に真剣に考えておりました。

この記事を残しておいて、もし来年も撮影に行くことが決まったら
「絶対音感を身につける」とやらの本を買ってしまうかもしれないな。

「悔しいなあ」という思いをしてもお腹いっぱいになった気でいても
「もうちょっと撮りたいな」と思ってしまうなんとも切ない潔ぎの悪さ。。