夏の繁忙期の終わり頃に勉強会があります。
「大人の方は勉強会は好きなものをどうぞ^^」と言ってくれる先生のお言葉に甘えて。
「フェッテ」が苦手なので、フェッテの練習をかねて「フロリナ王女のバリエーション」を踊ることにしました。

通しで踊ったのはまだ今日が2回目ですが。
「フロリナ姫って難しいよね。鳥っぽく軽やかに踊らないといけないけど「王女」だから。優雅でもなくちゃいけないのよ。
下半身と上半身が、ちょっと違う雰囲気で動くというかね^^。フロリナ王女だから、軽やかに優雅にね。」
先生がそんな話をしてくれました。
私は、ちょっと「フロリナ王女」の捉え方を間違えていたことに気づきました。

コンクールでは、「フロリナ王女のバリエーション」は比較的年齢の下の子が踊ることが多いです。
小学校前の子は、バレエシューズで水色の衣装をつけてみんなフロリナを踊ります。
「フロリナ=小さい子」と、勝手に頭で決めてしまっていました。
「王女」という考えがなく「青い鳥」のほうが強くなっていたので「フロリナ王女=優雅」のイメージは薄かったかもしれません。
(もちろんかわいらしい踊りでかわいらしいイメージですが、それだけではなかったのです)

上半身の優雅な動き。下半身の軽やかな動き。
頭の中でもまだ一致しません。しばらくはここで悩みそうです。
あと4ヶ月。頭で踊りながらコンクール撮影で研究をさせてもらおうと思います。

『バレエの見方』(長野由紀さん著)

 

フロリナ王女のことを調べようと、本棚からこの本を探しました。
フロリナについては書かれていませんでしたが、「眠れるの森の美女」のオーロラ姫の「手」のことについて
興味深い一節がありましたのでご紹介。

〜バレエにおける「手」の表現というのは、つま先と同様、これがなければすべてが無に帰してしまうといってもいいほど重要な、
<先端>であり、<細部>です。かの「神は細部に宿りたもう」というヴァールブルグの言葉は〜〜〜<細部>とは「手」と指すことが
ほとんどではないかと思われる、手は雄弁であり大きな役割を担っている〜〜〜〜〜〜〜〜
(1990年 バレエ協会公演 オーロラ姫役の ノエラ・ポントワ について書いています)

「神は細部に宿る」そうです。
一瞬一瞬のことなので、撮影中はきっと指先はみれていません。
足先の方に集中して、目の片隅の方でちょっと気配を感じているくらいかもしれません。
それでも、写真として成り立っているのは踊り子さんのおかげです。
写真を撮るのは難しいことではないですが、踊ることは本当に思い通りにいかない。と毎回痛いくらいに感じるのです。
「思い通りにいかないから面白いのよ」と母は笑いますが、そろそろ笑いごとではなくしたいな、と思います。

「指先の指先」に、バレエの神様が宿ったら。
「青い鳥」は「王女」になれるでしょうか??
またしばらく、夢中な時間を過ごしてみようと思います。

*3月に撮影させていただきました発表会のお写真納品が本日終わりました。
4月に撮影させていただきましたお教室さま、ゴールデンウイーク明けまでにはお届けの予定です。
もうしばらくお時間ください*