お相撲の話なので、ここに書くにはどうかな、と思ったのですが
少しやりきれない気持ちなので、ここへ残しておこうと思います。

昨日の夕方、貴乃花親方の引退会見がありました。
「なぜだろう?」と、その時間はTVの前に座ってじっくりと見ていました。
「相撲界からの圧力」とのこと。
そのことによって、可愛がっている弟子が肩身の狭い緊張感のある相撲をとらなくてはいけない。
大事な弟子たちが、もっと自由に土俵で輝けるように、と。
そんな思いを語っていました。
貴乃花親方には、誰か親身に相談をする人、一緒に改革をしていこうと賛同してくれる人。
親方の引退を止め、思い直そうをと話し合える人。
周りにはそうやってしてくれる人はいなかったはずではないと思うのだけど、数多くはいなかったのかもしれない。
ずっと「孤独」に戦ってきたのかもしれない。
「土俵の中で育ってきたから、これからも土俵に携わって生きていきたい。」
そう話していた。横綱を引退した時は「清々しい」を言っていたけれど
今回の引退は「いろいろとやりきれない無念さ」があるのだろうな、と思い、胸が苦しくなる。

夜のニュースでは「これからは子供に相撲を教えたい」とコメントが出ていた。
それは貴乃花親方の第3の人生として、とっても素敵だ!と思い少し救われましたが。

今朝の新聞に出ていた会見の時の写真に、また少し考えさせられました。

この写真は「引退会見の風景」の写真。
貴乃花親方のクローズアップではなく、引退会見をしている
貴乃花親方がいる空間を横から切り取った1枚。

「なぜこの1枚なんだろう?」と記事を読んでみると。
「一度も頬が緩むことがなかった」 と書いてあった。
会見の間、何かの感情が表に出るような表情が一度もなかったのかもしれない。表情を切り取ることができなかったんだと思います。

たくさんのカメラマンが、何かの感情が表情となって
外に見えてくるもの、としてチャンスを狙っていたのだと思います。
私がその現場にいたら、ずっとファインダーを覗いて
一瞬の感情を切り取りたい、と思い狙いつづけると思います。
でも、そのみんなが狙っていた表情ではなく
「貴乃花親方のいる風景」が新聞に掲載されていました。
マイクの前に置かれた両手や少しだけ口びるをかんでいるような
口元だけで、十分に「無念さ」が伝わってきました。
こんな写真があるんだな、とますます悲しくなりました。

言った言わない、の世界は本当のところは外側の人間にはわからないですし、まして相撲界のことなんてひとつもわからないのですが。

もし、今までの貴乃花親方が「孤独」を感じながら戦ってきていたなら、このあとの人生は、子供たちに囲まれた表情緩みっぱなしの
人生であってほしい、と願います。
ファンというわけではないですし、お相撲のルールもよくわかりませんが、「孤独」であることは人として生きる中で一番寂しく、それを思うだけでお腹のあたりがぎゅっ!となります。

これだけの愛深い方ですから。
たくさんの人に囲まれた人生であってほしいな、と応援をしたいと思います。