ふと、昨日のレッスン後に思ったこと。
こんなことを書いているのであれば、ストレッチでもしなさい!というお声が聞こえてきそですが
昨日、バーレッスンでアダジオをしているとき
「あれ、足が全然あがっていかないな。」と思い
「足を高く上げるためには、何が必要なんだろう?」と考えていました。

週3日のレッスンですから、2日空くと教わったことを忘れてしまったり
少し覚えた体の使い方も、2日後にバーにつくと「あれ?なんだっけ?」と思い出すのに時間がかかったり。
確実に少しづつですが「スムーズ」という表現から離れて行っているのを感じます。
覚えたことが体に馴染んで「スムーズ」にいくことは、3回のうち1度あるかないかでしょうか。
2回は「悔しいなあ」という思いを抱えて家路に着きます。

自宅に戻ってノートに書くんです。教わった大事なことを書くのですが
見返してみると、前回も前々回も、同じことを書いていたりします。
なので、今週は太字にしてみたりカラーペンを使ってみたり。
「目に見える工夫」をしてみますが、同じことを書いている時点で「覚えていない」ということです。

話のはじめの「足を高く上げるためにはどうしたらよいか?」と。
今はすごいですね。「バレエ 足を〜〜」と検索するだけで勝手に「高く上げる方法」と出てきてくれるのですから!
(これでは調べて自分のものにする、という力がますます弱くなっていってしまいます。。)

ストレッチだけでは足を高く上げることはできないそうです。
手で支えながら、足を上げ、その上げた足がひとつのポーズとなってキープできるようになると
「足を高くあげられる」ようになるそうです。
柔軟性は必要なのですが、キープするための股関節周りの筋肉やお尻の筋肉がつかないとキープはできない。

・立ち続けるための足の筋肉
・不安定になりやすい体勢で骨盤と背骨を起こし続ける体幹の力
・持ち上げた足の重力に引っ張られないよう抵抗する脇の筋力

脇の筋肉まで。全身の筋肉総動員させて、やっと重たい足が高くあがるようになるとのこと。
今日からトレーニングです。

〜親切に解説してくださっているページを見つけましたのでご紹介〜
https://blog.coruri.info/entry/ballet_ashiage

「なぜ、そんなに足を高くあげたいの?」と聞かれると、それは「リーズの結婚」のバリエーションで
足を高くあげるポーズが3度もあるからです。
足を高く上げる前のパが左右のジュテですから、ジュテとはあきらかに差をつけた「足の高さ」が欲しいのです。
なのに、バーレッスンで横にある鏡を見て足の低さに驚きました。
「上げよう」という意志は満々にあるのに、誰かに上からおさえられているかのようにそれ以上上がらないのです。
スピリッツができるのになんで上がらないんだろう?と考えていたのですが
「上げ続ける筋肉」がついていなかったのですね。
「筋力」ですね。

大人は上半身を美しく、とレッスンで教えていただきます。
ポールドブラとか指先とか表現とか。
それこそ足を高くあげるとか高いジャンプを跳ぶ、とか、大人の体には限界があるから。
でも「どうにかならないのか? 大人になっても子供のようにどうにか軽やかに踊れないのだろうか?」と
常々思っています。柔軟性も瞬発力も体力も。
頑張ったらどうにかなるんじゃないだろうか?と。
夢のようなことが、「なんとかなるんじゃないか?」と何年も思い続けているのです。
実際に開脚をして前に倒れるなんて、肘をつけるのがギリギリだった10年前よりも
今はきちんと前に倒れてもうすぐで「ペタン」になるまでに、少しづつでも体は進化はしていたり
開かない、と思っていた股関節も開くようになってきて少しですがその姿勢をキープできるようになっているのです。

夢ではない、と思っていたいと思います。
写真だってそうだったのですから。思い通りに写真で描けるようになったのですから
自分の体だっていつか思い通りに動かせるようになるんじゃないか、と思います。

大人は「自分の意思」で、時間を自由に使い金銭的にもある程度は自由がききます。
子供よりもきっと「自由」だと思います。
ですから、「伸びしろはきっとある」と。
バレエに限らず、大人にも大きな伸びしろがある、と思っていようと。

〜頑張って踊り続けて欲しい、と思います。
恵まれた体の人よりも
「努力」できる人の方が「強い」という話を
先日ある先生から聞きました。
「努力して得た体は宝」だと。
恵まれた体の人は、それに気づかず宝を手放してしまうと。
苦労して手に入れた体。
そう「努力」をできることが「才能」だと思います。〜