後処理をしていて、ふと「思い出に残る写真ってなんだろう?どこに基準があるんだろう?」と考えてみました。
セレクト作業をしていて「この写真はいらないかな」と思って削除をしたときに。
「明後日の方向に気持ちがいっているな」と思ったのです。

いい表情で踊っている写真はもちろん思い出に残りますが
そうでない、いい表情ではないけど「踊り手さんの何かの思い」があるような1枚は思い出に残るような気がします。
あとになって「あの時はああだったなあ」と振り返る材料になるような。
おちびさんがよく、隣の子を見ながら踊っているシーンもよくあります。
そればかりの写真ではNGですが、1枚くらいは「その年のその時の思い出」としてあってもいいかな、と残しておいたりします。
判断は完全に自分基準ですが、踊り手さんの思いを汲み取れるようなアンテナを持っていられると
自分基準の判断にも一応納得のいく、一応相手の方にも伝わるだろう写真をお渡しできるかな、と思っています。

あとは「自分だったら残して欲しくない写真」というのも判断の大事な基準。
「明後日の方向」は今日レッスン中に先生が言ってくれた言葉。
「ゆりさん、明後日の方を向いてるよ」と。
なんの感情もない、「次はなんだっけか」なんて順番ばかりを考えている頭でっかちの一瞬。
目が明後日の方向に、気持ちもなにもない、自分の頭の中の世界にはいってしまっているような表情をしている写真は
私だってできれば省いてほしい。
やはり、できることならいい写真を残してほしい、と自分だって思うのです。

記録、という部分ではもちろん写真は大事ですが
記録には大事なビデオがありますから、写真の役割はやっぱり「思い出を残す」という方が重要かなと思います。
感情が、表に溢れているような。いい感情もそうでない感情も。
心が表に現れている、その瞬間を切り取ったものが「思い出に残る写真」でしょうか。

先週の土日2日間、福井県へ発表会の撮影にお伺いさせていただきました。
「シンデレラ全幕」(GWのシンデレラ鑑賞はこのためのお勉強でした!)
主役のシンデレラを踊った女の子の演技が素晴らしかったのです。
シンデレラそのものになりきっていて、義母の意地悪に泣くような表情、ほうきを王子様と想像しながら幸せそうに踊る表情。
12時になって舞踏会から帰らなくてはいけないときの慌てている仕草。悲しい表情。
前日のリハーサルを撮影していて、その「お客様に感情を伝える」という力に本当に驚きました。
翌日、ポーズ写真を撮るため「かぼちゃ」を抱えてやってきてくれました。
(どうしてもかぼちゃの上に腰掛けてほうきを持って欲しい!と私からのお願いを聞いてもらいました!)

「演技が本当に素晴らしいよね!」と、憧れの人に会ったかのように声をかけてしまいました。
「演技をしている時が一番楽しい。踊りはめっちゃ疲れるけど演技をしていると大丈夫なんです」と話をしてくれました。
その時に見せてくれたシューズ。

ガラスの靴に見せるために、トウシューズに「キラキラテープ」を貼ったそうです。
GWに見た、新国立バレエのシンデレラのシューズには
キラキラビーズが全面に貼られていましたが
彼女曰く、キラキラテープが一番「キラキラ」と見えるそう^^
このガラスの靴を3足作って、プラスチックのボックスに入れて大事に持ち歩いていました。
(撮影をしたのは日曜日、翌日月曜日からは試験だそう。。)

こんなに工夫をしたアイテムや演技の話を聞くと、ますます責任重大。
「思い出に残る写真」を1枚でも多く素敵に撮ってあげなくては、と気持ちがぎゅっとなります。

そんなことを考えている時に、学校の先生をしている友人から「6年間教えた生徒たち」の集合写真が送られてきました。
その「思い出がいっぱい」の写真を見た時に「写真屋の力なんて本当に微々たるものだ」と思いました。
どうやっても「思い出を一緒に作り上げている」人にはかないません。本当に素晴らしいな、とちょっと感動してしまいました。

それでも、やっぱり写真屋ですのでそこに負けずと劣らずとも「思い出に残る1枚」を残していかなくてはいけないのだ、と
私は私で、自分を律していかなくてはいけない日々です。

さあ!一体なぜ「リーズのバリエーション」をセレクトしてしまったのか?!
本当に難しくて3歩進んで2歩下がる、こともできません。
「やる」と決めてしまいましたから、この判断にもミスがないように
いただいた時間を練習に費やしていくしかない、これも自分を律する(?)時間。。でしょうか。。
しっかりしなくっちゃ。